高松港
 瀬戸内海の島々を舞台にした現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭2016」は、芸術の力と地域力での新たなまちおこしの可能性を全国に示しました。交流人口が増える、地域のブランド力が高まる、結果的にIターンやUターンが増え、離島の振興につながっています。
 瀬戸内海に浮かぶ大小の島々。そこでは、古くからさまざまな生活が営まれ、独自の文化が形成されてきました。近年の急速な高齢化と過疎化によって、島の暮らしやコミュニティーの存続が危ぶまれている中、「海の復権」をテーマにした瀬戸内国際芸術祭は、アートの力で島の活性化を図るのが狙いです。
 開催は春、夏、秋の3会期に分かれ、7月18日に開幕した夏会期は9月4日まで。香川県の直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、高松港、岡山県の犬島、宇野港の7島9会場を舞台に、国内外のアーティストによる166作品が展示されています。

 国内の芸術祭で、最も成功した事例といわれる瀬戸内国際芸術祭から、茨城県北芸術祭が学ぶ点は数多くありますが、ここでは以下の4点にまとめて論じたいと思います。招聘する作家や作品そのもの内容については、芸術祭の実行委員会(ディレクターやキュレーター)側の責任であると考えますので、この場では、行政や地域の住民の立場で指摘してみました。
1.地域の自然と現代アートが融合して放出されるエネルギー
2.地域芸術祭を支える地元住民の力
3.会場と会場をつなぐ有機的、効率的な移動手段の確保
4.単発的なイベントから継続的な運動に
今回のブログでは、後半の2項目について論じてみたいと思います。
直島「海の駅」
3.会場と会場をつなぐ有機的、効率的な移動手段の確保
 当たり前のことですが、瀬戸内国際芸術祭の会場は、その多くが瀬戸内海に浮かぶ島々です。その島々を結ぶ交通機関は、フェリーや高速艇です。陸続きの会場と違って、芸術祭の作品が展示されている場所に行く事自体が非常に困難です。主催者はより多くの鑑賞者に来ていただきたいわけですが、おのずと交通機関のキャパがそのまま芸術祭の来場者の限界となってしまいます。そこで、瀬戸内国際芸術祭では、会期を3分割して、かつゴールデンウィークやシルバーウィークなどの芸術祭が開催されていなくても環境客が増える時期を外しました。逆にいえば、芸術祭を効果的開催して、ピークを超えない程度に交流人口を増やそうという戦略が明確になっています。
 島の中の移動は、比較的な距離が短いのでバスやレンタサイクル、徒歩での移動が可能になります。小豆島にしろ、直島にしろ公共のバス網が充実しており、観客の移動は比較的スムーズです。今回、井手県議らは時間が限られていたので、フェリーとレンタカーで移動しましたが、地理が不案内で道路網が脆弱な離島の移動には不向きでした。
 会場への往復が不便であるということは、メリットも生んでいます。瀬戸内国際芸術祭の平均的滞在日数は、2.4日となっており、2泊以上が45.9%に達しています。つまり、香川県や岡山県などに2泊以上の宿泊客が押し寄せているということです。人口減少や本四架橋が整備されたために、利用客の減少が課題であった船舶業者にとっても恵みの雨となっていることでしょう。この経済波及効果は132億円を超えており、行政の投資効果がも10倍を超えています。瀬戸内国際芸術祭は滞在型観光の促進剤となっています。
 さらに、こうした傾向は地域芸術祭の主なターゲットである女性の動員に拍車をかけています。瀬戸内国際芸術祭の来場客の7割は女性です。また、ゆっくりと旅行を楽しみたいという高齢者も主なターゲットとです。さらに、近年大幅に伸びているインバウンド外国人の来場を促進することにも大き役割を担っています。列車や飛行機、バスなどの公共交通機関をつかった来場客に対しては、瀬戸内国際芸術祭は万全の体制を敷くことができています。車を運転できなくても、どの会場にも行くことができる体制ができているということです。

紅葉の中を走る水郡線
 翻って、茨城県の県北芸術祭の移動法を検証してみたいと思います。県北芸術祭は2万平米と地域芸術祭では、南北方向に常磐線と水郡線の2本の鉄道が走っていますが、バスも含めて東西方向への、公共交通機関による移動手段は皆無といっても過言ではありません。県北芸術の実行委員会は、モデルツアーや地域ごとの循環バスを運行します。しかし、海側と山側を結ぶツアーやバス路線は計画されていません。
 県北芸術祭の広域鑑賞のためには、どうしても自家用車が必要になります。県北地域は関東平野と阿武隈山地の鬩ぎ合う地域です。それ故に、海と山の素晴らしい景観や地質学的にも多様な様相を垣間見ることができます。反面、海側から山側の会場に移動するためには峠を2つ越えなくてはなりません。別のブログで触れましたが、おもな展示作品を見てみようとすると、一周200キロ以上、6時間以上のドライブが必要となります。
 さらに、自家用車の移動には2つの課題が残ります。1つが駐車場の課題です。作品を展示する会場の多くは、使われていない店舗や学校、公共施設などです。大きな駐車場を近隣に抱えている会場は非常に少ないのが現状です。人気のチーム・ラボが作品を公開する北茨城市の天心記念五浦美術館では、ウォルト・ディズニー関連の作品展示会の際、7万人の来場者があり、駐車場不足で混乱が発生しました。駐車場をどのように確保するかが大きな問題です。
 2番目の課題は、渋滞の問題とそれに付随して交通情報をどのようにお客様に伝えるかという課題です。先程もも触れましたが、東西方向の移動にはかならず山越えをしなくてはいけないということがあります。南北方向の移動は国道6号・常磐道、国道118号の2本が中心となります。国道6号は、通勤時を中心に交通渋滞が酷い道路として有名です。平日の通勤時間帯は市内を抜けるために、1時間単位で時間がかかってしまいます。
 さらに、県北地域は紅葉時期には、芸術祭に関係なく多くの観光客が訪れます。大子町や北茨城・高萩の紅葉はまさに絶景です。ひたちなか市の国営ひたち海浜公園のコキアにも10万人単位のお客様が殺到します。地元住民は、紅葉時期は118号に近寄ろうとはしません。それだけ渋滞が発生する懸念があるということです。
 こうした渋滞対策に茨城県も手をこまねいているわけではありません。南北方向に展示会場を結ぶ(特に常陸太田市の竜神峡と大子の袋田の滝を結ぶ)国道481号のバイパスが8月26日に完成しました。この効果は絶大なものがあります。
 リアルタイムで交通情報や廻り道情報を提供できるインターネットシステムの構築も提案しましたが、今回は準備時間と予算が確保できず、実現しませんでした。
 域内の渋滞対策をどのように進めるか、県北芸術祭を成功させるためには大きなファクターとなります。

さらに、県北地域は紅葉時期には、芸術祭に関係なく多くの観光客が訪れます。大子町や北茨城・高萩の紅葉はまさに絶景です。ひたちなか市の国営ひたち海浜公園のコキアにも10万人単位のお客様が殺到します。例えば地元住民は、紅葉時期は118号に近寄ろうとはしません。それだけ渋滞が発生する懸念があるということです。
 こうした渋滞対策に茨城県も手をこまねいているわけではありません。南北方向に展示会場を結ぶ(特に常陸太田市の竜神峡と大子の袋田の滝を結ぶ)国道481号のバイパスが8月26日に完成しました。この効果は絶大なものがあります。
 残念ながら、今回提案していたリアルタイムで交通情報や廻り道情報を提供できるインターネットシステムは準備が間に合わず実現しませんでした。
 域内の渋滞対策をどのように進めるか、県北芸術祭を成功させるためには大きなファクターとなります。

直島ベネッセハウス美術館からの絶景
4.単発的なイベントから継続的な運動に
 瀬戸内国際芸術祭は、総括報告書によるとその淵源は、2004年度に香川県の若手職員による政策研究「『現代アート王国かがわ』の確立」で「アートアイランド・トリエンナーレの開催」が提案されたこととされています。翌2005年3月に、直島福武美術館財団が「瀬戸内アートネットワーク構想」を発表、5年毎に複数の島々を会場とする文化芸術イベントの開催を提唱しました。計画が提案されてから第1回が開催されるまでに6年以上の歳月が掛かっています。
 さらに遡れば、瀬戸内国際芸術祭の原型が育まれたのは直島では、福武グループが1987年に北部の土地を購入。1989年に研修所・キャンプ場を建築家の安藤忠雄のマスタープランでオープン。総帥の福武總一郎は「直島南部を人と文化を育てるエリアとして創生」するための「直島文化村構想」を発表し、1992年にホテルと美術館が融合した「ベネッセハウス」が建設されます。
 島全体を使った現代美術展・スタンダード展の開催、本村(ほんむら)地区の空き家(古民家)を買い上げて保存・再生し現代美術のインスタレーションの恒久展示場とする家プロジェクトなどを繰り返して展開してきました。
 その中で、茨城在住の世界的アーティスト・宮島達男が、家プロジェクト第1弾の「角屋(かどや)」を制作するに当たって地域住民125人を公募。作品を構成する125個のデジタル・カウンタの点滅速度を住民にセッテしてもらうという、「地域住民参加」の新たな芸術のあり方を実証しました。
 2005年には地中美術館、2010年には李禹煥美術館が開館し、直島は瀬戸内国際芸術祭の電源地として光彩を放ち続けています。
 つまり、ここに至る約30年に及ぶ歴史が、瀬戸内国際芸術祭の背景には流れているのです。

茨城県北芸術祭
 一方、茨城県北芸術祭の構想が具体化したのは平成27年3月県議会。橋本昌知事は、所信表明で「(県北地域の)交流人口の拡大につきましては、農家民泊を中心とした体験型教育・研修旅行の積極的な誘致やアウトドアスポーツの魅力発信に加え、平成28年度の(仮称)県北国際アートフェスティバルの開催に向けて準備を進めてまいります」と述べました。開催までわずか1年半、まさに県北地域の交流人の拡大を目的としたトップダウンの地域芸術祭です。
 県北芸術祭は、南條史生氏を総合ディレクターに迎え、優秀なスタッフがこの短期間で80組以上のアーティストを世界中から招聘しました。人気のチーム・ラボや落合陽一、日比野克彦、田中信太郎、イリヤ&エミリア・カバコフ、妹島和世等々そうそうたるメンバーが顔を揃えました。
 作家、作品の素晴らしさは絶対の自信があるものの、地域住民との関わり、親密性が深まっているかというと、そうなってはいないのが残念です。そもそも、県北芸術祭それ自体の開催も、県民に周知されているかと言えば、甚だ疑問です。
 橋本知事は今日現在、県北芸術祭の2回目以降の開催について一度も明言していません。県北芸術祭を一度きりのイベントに終わらせてはなりません。県北芸術祭を県北振興のツールとして活かすためには、今後定期的な開催を計画することが重要です。
 できれば3年毎に開催するトリエンナーレ形式を採用すべきです。ただし、3年後の2019年は茨城国体の開催と重なります。次回開催はオリンピック閉会直後の2020年秋として、開催することを提案します。そうすると、越後妻有の大地の芸術祭、瀬戸内国際芸術祭、そして茨城県北芸術祭と大規模な地域芸術祭が、国内で場所を変えて毎年開催されることになります。茨城県北芸術祭は、日本三大芸術祭を目指すべきです。

参考:瀬戸内国際芸術祭から県北芸術祭が学ぶもの<1>
http://blog.hitachi-net.jp/archives/51636377.html