六角堂
茨城県北芸術祭が開催される茨城県の北部海岸に位置する北茨城市五浦は、日本の近代美術の発展と深い関わりをもった地域であることは広く知られています。この五浦の地は、東洋の美学の重要性を欧米に強く発信し、日本画の新たな発展の礎を築いた岡倉天心が日本美術院を創建した原点の地です。岡倉天心は1863年生まれ、東京美術学校(現東京藝術大学)の設立に尽力しました。横浜で育った天心は英語が堪能であったため、アメリカボストン美術館の東洋美術部長をつとめました。現代的に言えば、東洋美術のキュレーターという存在でした。
日本や東洋の美術の真髄を英語で発信し、中でも「茶の本」はその代表作として内外で高い評価を得ています。
北茨城出身の日本画・飛田周山に案内された五浦の地を、天心はいたく気に入り、六角堂や自宅を新築し、以後活動の拠点をここに移しました。
天心は「東洋のバルビゾン」と五浦を称し、画家の横山大観、下山観山、岸田春草、木村武山を呼び寄せ、新しい日本画の創造を目指しました。
天心没後、親交が深かったインドの詩人で、アジア人初のノーベル賞を受賞したタゴールや北原白秋といった文化人が、六角堂を訪れ天心の偉業を偲んでいます。
観月会
六角堂をはじめとして、天心邸、長屋門の天心遺跡は、横山大観より茨城大学五浦美術文化研究所が寄贈を受け、管理・運営を行っています。
2011年に発生した東日本大震災では、その六角堂が津波により基底部を残して全て流失しました。一時再建も危ぶまれましたが、茨城大学や多くの県民の熱意により、六角堂は復興の象徴として、創建当時の姿を見事に蘇らせました。

茨城大学五浦美術文化研究所では、こうした天心の業績の検証、研究に取り組んでおり、「観月会」と題する美術展示と茶会の催しを開いています。
茨城県北芸術祭が開催される本年度は、「国際岡倉天心シンポジウム2016」の開催と連動し、茨城大学教育学部准教授で画家の片口直樹氏と、同じく非常勤講師で映像作家の横田将士氏との共同による映像インスタレーション作品を展示します。

須田悦弘(六角堂・雑草)
天心の著作『茶の本』には、「間」や「儚さ」といった、自然と調和し、ただそこに人やものがあることの、飾らない美学が表されています。
この六角堂は、晩年の天心が瞑想のための場所として建てたものです。その中に、繊細な植物を彫刻する須田悦弘は、さりげなく佇む雑草と花の木彫をその中に配し、私たちをほっとさせるような、肩肘の張らない空間を表現しました。
天心が慈しみ後世に遺そうとした東洋美の一端は、この展示空間に現れているのではないでしょうか。

須田悦弘さんは、1969年山梨県生まれ。多摩美術大学彫刻学科客員教授。
本物の植物のように見える精巧な彫刻作品を、展示室や建物の片隅に忍ばせ、その置かれた空間も含んで作品とするインスタレーションを展開。1993年、移動式の展示空間をリヤカーで引き、銀座の道路沿いのパーキングメーターに駐車、展示する「銀座雑草論」で話題になりました。シドニー・ビエンナーレ、コロンビアのカルタヘナ・ビエンナーレなど多くの国際展に選出。世界各国で発表しています。
C-03 須田悦弘(雑草)


ジャン・ワン
五浦海岸は、新天地を求めた晩年の岡倉天心がその後の拠点と定めた場所です。瞑想のための空間として構想された六角堂は、天心自らの設計によりこの地に建てられました。炭酸塩コンクリーションによる自然の奇岩が突き出た地形が、奇岩のあしらわれた中国の庭園を思わせるという理由から、天心に選ばれたのではないか、と言われています。そんな場所に展示しているのが、中国現代美術の代表的作家、ジャン・ワンの中国奇岩を象ったメタリックな彫刻作品です。この未来的な作品は、東洋の伝統に立脚しながらも、常に新しい表現へと向かった天心の精神を顕彰しています。

ジャン・ワンさんは、1962年中国生まれ、中国を代表する現代美術家。中国の伝統的な庭にある奇岩をモチーフとした、ステンレススティールによる彫刻が有名。ヴェネチア・ビエンナーレなどの国際展、また世界中の主要な美術館で展示を行ってきたほか、エベレスト山や万里の長城において野外アートプロジェクトも手がけています。
C-04 ジャン・ワン(Artificial Rock No.109)

茨城大学五浦美術文化研究所:北茨城市大津町727−2 電話0293-46-0766