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「人間らしさ」すら変わるかも。未来を示唆する芸術×科学最前線
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風光明媚な太平洋の海浜部と豊かな山に囲まれ、古くから日本の経済と近代化を支えてきた茨城県北地域。科学や先端技術とも深い関わりのあるこのエリアで9月17日から11月20日まで、『KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭』が初開催される。芸術祭ラッシュといえるほどに多種多様な芸術祭が開催される2016年秋、『KENPOKU ART』では、広大な自然を舞台に、国内外約80組のアーティストがアートと科学・技術の実験を行ない、最先端の表現を鑑賞できる場となる。

本芸術祭で総合ディレクターを務める南條史生、そして、最新のテクノロジーを使用したアート作品を発表と研究を行ない、「現代の魔法使い」とも称される落合陽一の二人に、今回の芸術祭の魅力、テクノロジーとアートの関係、そして、未来の都市や人のあり方について話を聞いた。

160824book南條:今の人たちって、そうやって移動しながら作品を見るのが好きだよね。
落合:現代人って、身体を動かしたがっているんだと思いますよ。映像的身体性の裏返しかなぁ、「みんなで楽しく動こうよ」みたいな感じで。しかも、ガイドブックを見ながら滝を見て、アートを見て、また滝とか見ていると「あ~、滝っていいな~」ってしみじみ思いますもん(笑)。ちょっと不思議な体験なんですよね。
南條:奥久慈にある「袋田の滝」は、日本三名瀑のひとつらしいね。
落合:滝に行って、温泉行って、作品を見るみたいな。この感じはむちゃくちゃ面白いですよ。このツアー感を一部の美術クラスタの人は怒るかもしれないけど、でも鑑賞の仕方としては、心を縛るものがなくてよいなと思います。

落合:その感じは、とても日本文化的と言えるかもしれないですね。
南條:トリエンナーレとビエンナーレもいつの間にか欧米のスタイルと違う、日本型のトリエンナーレやビエンナーレが生まれているんじゃないかと思う。さらに言うならば、現代美術そのものも欧米とは異質で日本化しつつあるんじゃないかっていう気がちょっとするんですよね。
落合:本当にそうで、『KENPOKU』のガイドブックは今回の芸術祭における必読書、いやサバイバルブックだと思うんですけど、この本は超日本型ですよ。だって真ん中におすすめの美味しいお店とか温泉とか観光名所を巡るオススメツアーが掲載されていて、今の日本型トリエンナーレの象徴といっても過言じゃないと思う。これ、欧米ではありえないですよね。
南條:欧米だと、キュレーターが怒り狂うかもね(笑)。きっと日本では、現代美術のためだけに芸術祭をやっているわけじゃないっていう認識がみんなの中にあるんだと思う。19世紀初頭のフランスの標語に「芸術のための芸術(Art for Art's Sake)」っていう言葉があるんだけど、日本の芸術祭は地元のため、経済のため、ツーリズムのためにとか、より広い人々のためにやっているという意識があるかもしれない。
落合:そうですね。「ツーリズム型のインスタレーション」という本義から考えると、今回の芸術祭は正しいスタンスだと思います。というのも、自分の作品を最適な場所に設置したいという欲求はアーティストならだれしも持っているもの。たとえば、夕闇の海原の前にひとつポツンと置きたいとか。その、アーティストが考える本来作品があるべき場所に、鑑賞者が能動的に訪れるというのは、インスタレーション作品を見る上での醍醐味のひとつだと思うんですよね。

六角堂
―美術館のホワイトキューブとはまったく異なりますね。
落合:そういう意味でも、今回の『KENPOKU』はかなりいい感じですね。作品を置く場所が多種多様で全体的に贅沢なんです。そこに行かないと見られないっていう感じは、集約型の美術館とはちょっと違う。時間が自分で流れる。
南條:茨城の自然の豊かさは、かつて岡倉天心や横山大観が居を定め、その景観をモチーフとしていたことからもわかりますよね。
落合:場所自体が、構成要素となる作品を求めている気がしたんです。「場所が呼んでる」みたいな。それって、作品にとってはすごく重要な要素だと思う。そしてそこに行って鑑賞することはインスタレーションの醍醐味だと思います。

「人間らしさ」すら変わるかも。未来を示唆する芸術×科学最前線
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