時論:県北芸術祭が開幕、客員論説委員・伊藤公象 茨城新聞(2016/10/2)
道の駅常陸大宮「かわプラザ」
■「豊かで創造的」実感
 9月24日、雨天で孫娘の運動会が順延になり、話題の常陸大宮市の道の駅「常陸大宮かわプラザ」へと家族でドライブ。土曜日とあって広い駐車場は満車に近い。久慈川を望むテラスに出ると、カラフルな陶製で石の形のような大小の造形が集められている。子どもたちがその上に座ったり飛び跳ねたりと、なかなかの人気。たたいて素材を確かめる人たちもいる。そして「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」のガイドを手にした人たちがあちこちに。「道の駅」と「遊具」そしてアートとの出合い。塩谷良太氏の作品だった。
袋田の滝
 それでは、ここまで来たのだからと雨を気遣いながら大子町の「袋田の滝」へ向かう。幾度か来ているが、その都度、名瀑(めいばく)までのコンクリート製の長いトンネルが無味乾燥に思われて気になっていた。「樹脂系の多彩な塗料でトンネル全体を色づかせるのはどうか?」とか、勝手に連想したものだ。トンネルに入ってすぐ目に飛び込んできたのは、天上部をはうようにくねるオレンジ色の電飾を点滅させるアクリルの造形装置である。韓国在住の作家、ジョン・へリョン氏の作品。この日は水量が多く瀑水が飛沫(ひまつ)を上げていたから「瀑水の龍?」が勢いよくはい出したようにも思われ、見る側の連想を誘う。滝までの道筋をアートに組み込み、名瀑に新たな光景を加え、観光や経済効果に大きく寄与していると思われた。ガイドブックにある大子町近辺の作品群も見ようと思ったのだが、午後4時近くであいにくの雨も強まって断念。また、常陸大宮市の旧美和中学校にある多様な作品群も次回を楽しみに帰途に就いた。

 さて、茨城県北芸術祭が9月17日に開幕した。詳細は新聞、テレビ、ラジオなど、また芸術祭のHP、ガイドブックで周知であろう。特筆すべきはオープニングレセプションや前夜祭、そして開会式での国際色豊かなあふれるほどの熱気に包まれた情景だった。県北の海あり山あり、また先端技術の“聖地”である都市を持つ風土を舞台にした、他に類を見ない国際的な現代アートの先端を網羅した一大プロジェクトは、85人(85組)100作品それぞれに地域の特性を生かした独自性を持つと言っても過言ではないだろう。それだけに県北振興に懸ける期待は大きい。
 ところで、国際的なアートプロジェクトは本県では初めてだが、実は1994年に始められた守谷市の廃校を活用したアーカスプロジェクトが土台になっている。地域におけるアートの現代性と創造性が94年以降今日まで続けられている現況は、廃校の歴史と伝統をくみながら革新的なアートを取り入れた好例として見落とせない。
 今、国内外の芸術祭をパソコンで検索すると、ビエンナーレ(隔年開催)やトリエンナーレ(3年ごとの開催)で回を重ねる芸術祭の概要が分かる。インターネットによる芸術祭に関する情報は世界をつないでいるから、県北芸術祭の情報も国内外を駆け巡っている。ただ、以前にも「時論」で述べたが、現代美術は観光や街おこしのための属性的なものではなく、豊かで創造的なエネルギーがもたらす結果が観光や街おこしに寄与するのだといえる。そうした価値を基調にした作品群が今回の芸術祭に表れている。一例が前記の「袋田の滝(トンネル)」であろう。そしてアートプロジェクトを持続させるのは地方、地域の活性化の有効手段であり、主催者側の英断、作品の質を見極めるディレクターチーム、運営を図る関係団体や見る側に立つ人々の理解が強く望まれる。

pearl blueの襞 ー空へ・ソラからー:高萩市穂積家住宅
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■伊藤公象(いとうこうしょう)造形作家
1932年金沢市出身。笠間市在住。金沢美術工芸大学客員教授。インド・トリエンナーレ、ベネチア・ビエンナーレ国際美術展日本代表出品。90年女子美術大・大学院、2002年金沢美術工芸大学大学院専任教授を歴任。
■茨城新聞2016年10月2日付け“時論”を掲載、写真はブログ管理者が撮影