茨城県北芸術祭の作品撤去作業
11月20日、65日間にわたって開催された「茨城県北芸術祭」が大盛況のもと、閉幕しました。それから、一週間、茨城県北芸術祭の総括を地元茨城新聞の記事から紹介します。(写真、動画はブログ管理者の撮影です)

「ケンポク」発信 茨城県北芸術祭閉幕(上)
茨城新聞(2016/11/27)
■自然や歴史、魅力発掘 作家、鑑賞者、共に体現
県北6市町を舞台に、2カ月間にわたって繰り広げられた「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」。現代アートを軸に、地域の魅力を掘り起こす取り組みに、総来場者数は目標の30万人を大きく上回り、延べ77万人に達した。成功裏に終わった「ケンポク」発信の軌跡を振り返る。
「県北地域に対して人それぞれ違う知識や体験を、アートの力でつなぐこと。自然や歴史、伝承文化などを総合的に捉える意味を共感していただけた」
県北芸術祭で海側エリアを担当したキュレーターの金澤韻(こだま)さんは、成功の背景を笑顔で語った。
一方、山側エリアを担った四方幸子さんは、県北という地について「25年前、ここで開催されたクリストの『アンブレラ・プロジェクト』の記憶が息づいていて、現代アートを受け入れる土壌が既にあった」と指摘。「茨城では、1990年に開館した水戸芸術館や、94年から守谷市を拠点に展開するアーカスプロジェクトも、現代アートへの親和性を高めた」と付け加えた。
土地や街の成り立ちには、自然と歴史が大きく関わる。日立市は鉱山開発とともに近代産業史に大きな足跡を残し、常陸大宮市や大子町は豊かな森と久慈川の清流に囲まれ、古くから和紙や漆などの伝統工芸を育んできた。県北芸術祭の意義は、悠久の自然の上に築かれた歴史の重みを、作家と鑑賞者が深め合うところにあり、まさにその狙いが実を結んだ。
県北契術祭バイオミーティング
地域に潜在する多彩な魅力を発掘し、つなぐという点で、常陸太田市の会場で開かれた「バイオミーティング」は、県北芸術祭の趣旨を体現する催しとなった。当日は、人工細胞や微生物に着想した現代作家のほか、粘菌の生態を情報処理に応用する研究者、植物の専門家、地元の発酵食品関係者らも加わり、自由に意見を交わした。
印象的だったのが茨城大名誉教授(地質学)で県北ジオパーク顧問の天野一男さん(67)の発表。「岡倉天心は五浦海岸の奇岩群に魅了され、北茨城を拠点に活動した」「海底火山の爆発を起源とする袋田の滝周辺の地層は水はけがよいため、コウゾの栽培に適し、結果、西ノ内和紙を生み出すことになった」と、地質学の視点から本県の地形と芸術・文化との接点を紹介した。
太古の地形や美しい景観を観光・教育に役立てるジオパーク事業に触れ、「5億年前の地層を有する県北ジオパークは、日本列島が誕生した時を想像できる場所。『人間がどこから来て、どこに行くのか』を探ってほしい」と持論を展開。
最後に来場者から「自身の生命観」を問われ、熟慮の末、こう回答した。「人類の進化の先端に私たちがいる。理屈では分かるが、自分に置き換えれば哲学の問題。もはや科学の領域を超え、宗教の世界から考えねばならない」。天野さんの言葉は、分野を超えた協働の大切さを示唆し、県北芸術祭の考え方にも重なっていた。

「ケンポク」発信 茨城県北芸術祭閉幕(下)
茨城新聞(2016/11/25)
■継続の是非 効果を検証
茨城県北芸術祭の会場の一つで、イリヤ&エミリア・カバコフ夫妻(ウクライナ出身)やニティパク・サムセンさん(タイ出身)などの作品が展示された高戸海岸(高萩市)。「日本の渚百選」にも選ばれる名所で、会場の二つの浜を訪れた来場者は「作品も素晴らしいが、海岸の美しさが印象的」と口々に語った。
同芸術祭では、「パワースポット」として脚光を浴びる御岩神社(日立市)や、木造校舎が趣深い旧上岡小(大子町)、山々に囲まれた美しい景観の旧美和中(常陸大宮市)といった廃校を会場として有効活用。作品とともに、県北地域の隠れた名所も紹介した。
総合ディレクターの南條史生さんやキュレーターが「県北地域らしさ」とともに、こだわったのは「KENPOKU(ケンポク)」の独特な響き。地道な発信が徐々に実を結び、会期の中盤から終盤にかけて、「ケンポク」の評判は来場者の口コミやネットなどで静かに広がりを見せた。
閉幕3日前の17日には公式ホームページへのアクセスが集中し、しばらく閲覧できない状況が続いた。その知らせを受け、南條さんはようやく確信した。「『ケンポクいいぞ』というムードが伝わっている」
県北芸術祭
本県初の本格的な国際アートフェスティバル開催に際し、県は当初、来場者の目標を他の芸術祭も参考に30万人と設定。それに対し、全65日間の会期中の総来場者数は約2.6倍の延べ約77万6千人に上った。
展示会場32カ所のうち、有料は8カ所のみ。日常的な利用者が多いJR日立駅(日立市)や袋田の滝(大子町)などの観光名所、屋外施設も含まれ、来場者数の把握が難しい中、橋本昌知事は「(日常利用や観光客を踏まえて)控えめに計算した」と説明し、「1回目としては成功したと言っていい」と強調した。
「成功」の裏で、さまざまな課題も見えた。来場者アンケートによると、県外在住者の割合は3割弱程度。スタッフが「こんなに地元の人が集まる芸術祭は珍しい」と話すように、住民が地域を見直す契機にはなったが、宿泊や飲食などに伴う経済効果は「期待外れ」との不満も根強い。
自治体関係者からは「文化振興にはなったが、地域振興にはなっていない」と手厳しい声も上がった。
県は今後、アンケートの分析や経済波及効果の算定などを踏まえ、開催効果を検証していく方針だ。

一定の成果と課題を残した県北芸術祭。橋本知事は継続開催について明言していないが、地元を中心に、3年に1度の「トリエンナーレ」などでの継続を求める声が高まりつつある。
会期最終日の20日、常陸大宮市の道の駅常陸大宮で開かれた閉幕イベント。スタッフやアーティスト、サポーターら約150人を前に、南條さんは「2回目もぜひ開催すべきだ」と要望し、こう締めくくった。「今日で最後という悲しい思いはあるが、きっぱりと区切りをつけ、また未来に向かって新しいことを考えていきたい」